「孫子の兵法」の一節である「彼(敵)を知り、己を知れば、百戦して殆(あや)うからず」という言葉は非常に有名です。

医院経営に置き換えれば、「己を知る」とは自院の強み・自院のポリシーをよく見つめ直し、客観的に自院を把握すること。
あるいは、自院の方向性を設定することとなるでしょう。

例えば「これまで実施していなかった新しい治療法を導入する」といった場合もまずは「己を知ること」、
すなわち「現在自院を訪れている患者さんのうち何%の方に対してその新しい治療法を適用できるのか」「自院の提供する強みと新しく導入する治療法で相乗効果を生み出すことはできるか」といったポイントを振り返っている医院とそうでない医院とでは、成果にも差が出てくるであろうということをお分かりいただけるのではないでしょうか。

そして、それに負けず劣らず大切なのが「彼(敵)を知る」、すなわち患者さんのこと・スタッフさんのこと・医院を取り巻く環境のすべてを知ることです。
他人の考え方、起こりうる可能性など、「他者・外部環境に対する理解の解像度をどこまで高められるか」という目線が求められる時代になっているのです。


■一流マーケターによる「他者理解」■

この他者理解について有名な例として、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(以下USJ)を
V字回復に導いたマーケターである森岡毅さんの逸話をご紹介します。

森岡さんがUSJに入社した2010年当初、USJの年間入場者数は750万人程度にまで落ち込んでいたそうです。
これが、森岡さんの入社から6年経った2016年には1390万人に回復しています。
(2017年度以降、USJは入場者数の公表を控えています。)

森岡さんは、一体どのようにしてこのような実績を残すことに成功したのでしょうか?
この答えが凝縮されている一節を、森岡さんの著書より引用いたします。

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「ゲストが本当に喜ぶもの」と「ゲストが喜ぶだろうと作る側が思っているもの」は必ずしも一致しないのです。
なぜならば、作る側は自然状態では消費者感覚から最も遠ざかる運命にあるからです。

テーマパークの様々な仕掛けを考案したり、製作したりしている人々は業界のプロです。
プロの作り手は、この業界で経験を積むほどに作り手としての専門的な知識を獲得して玄人になっていきます。

それは素人である消費者とは真逆の感覚に進むことを意味しています。

引用:「USJを劇的に変えた、たった1つの考え方」p29-30
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すなわち、何かを提供する側とされる側、この二者の間にある経験の差・感覚のギャップから脱却し、「消費者視点の会社」を目指すこと。
そして、「どれだけの消費者価値につながるのか」を考えること。
それが、USJを再生するにあたって森岡さんが徹底したことなのだと語っています。

この言葉を体現するかのように、森岡さんご自身が消費者となった例は枚挙にいとまがありません。

「自身がUSJで遊び倒して面白いところと面白くないところを割り出していった」
「ワンピースのイベントを企画する際はワンピースの漫画原作を60巻まで読み込んだ」
「モンスターハンターのイベントを企画する際はモンスターハンターのゲームを400時間プレイした」

このような形で、森岡さんは徹底的に「消費者に対する解像度」を上げていたのです。
消費者理解、他者理解のためには、自身がユーザーになることが近道だということを物語っています。

これは医院経営においても、当てはまる部分が多いのではないでしょうか。


■クリニックで実践できる「他者理解」■

森岡さんのご経験をクリニックに落とし込もうとすると、どのような形になるのでしょうか。
今回は3つの例をご紹介いたします。

【実践例1】
「複数のドクターを雇用している医院」の場合を考えてみましょう。
このような医院の場合、「医院は開いているが、院長先生は休日」という日もあるかと思います。

そのような日に、スタッフさんには特に何も伝えず医院に赴き、「1時間だけ待合室に座って患者さんの様子を観察してみる」という“お忍び調査”をされてはいかがでしょうか。

※この時、可能であれば「院長先生がいる!」と患者さんにばれないよう
・帽子
・メガネ(コンタクトレンズ)
等を使って軽く変装しておかれるのがお勧めです。

この“お忍び調査”では
「患者さんは診察室の外でどのような時間を過ごされているのか」
「待っている間はなにをしているのか」
「患者さんの移動の道筋(動線)に非効率なところが無いか」
「患者さんとスタッフさんとの間で、トラブルが発生しそうな場面はないか」
「院内の掲示物の見え方はどうか」
といった「患者さんの目線から見た自院のあり方」を改めて見直すことができます。

おそらく、「院長先生でなければ見えてこない改善点」というものが、おぼろげながら見えてくるのではないかと思います。

【実践例2】
せっかく自院のHPを作ったのに反響がいまひとつ芳しくない…
そのような場合、検索画面の上位に出てくる競合医院のHPを実際に覗いてみると良いかもしれません。

「この他院のホームページ、とにかく見やすいな。なぜだろう」
「この医院は鼻の日帰り手術を強みとして押し出しているのか。HP上でも目立つ場所にバナーがあってわかりやすいな」
「自院のホームページにも、この工夫は導入できそうだな」
「こんな感じのホームページを作れないか、誰かに相談してみよう」
といった「実際に体験したからこそ出てくる感想・改善案」は、非常に強力かつ効果的であることが多いです。

【実践例3】
昨今、自院のLINE公式アカウントを開設されている医院もかなり増えておりますが、院長先生ご自身は自院のアカウントを友だち登録されていますでしょうか?
また、競合他院や有名医院のLINE公式アカウントはいかがでしょうか?

「そういうのは得意ではないからうちの若手スタッフさんやコンサルタントに任せっきりになっているなぁ…」という先生方も多いのではないでしょうか。

もちろん、このような広報活動、あるいはブランディングに関しては、スタッフさんに適宜権限を委譲することで、スタッフさんのモチベーション向上や経営についての意識の芽生えを助けることに繋がる上、貴重な院長先生のお時間を守ることにもなります。

ただ、
「どんな頻度で、どんなお知らせが来ると患者さんとしてはうれしいのか」
「舌下免疫療法の受診患者さんの利便性をよりあげるため、時限的オンライン診療の仕組みでLINE活用でのオンライン診療を訴求するのはどうだろうか」
「お知らせを配信するだけではなく、実際にそれを見た患者さんがすぐに予約ができるような動線が整備されているのか」

こういった目線を院長先生がお持ちになっているだけで、スタッフさんにお任せされている広報活動やブランディングの成果に大きな差が出てくることはおわかりいただけるかと思います。


■まとめ■

院長先生のお時間は、院長先生が考えておられる以上に貴重です。

しかし、それを踏まえた上でも、今回ご紹介させていただいたような例を院長先生ご自身に実践していただくことで得られる「納得感」「視座」は医院経営において大きな武器となるでしょう。

「患者さんだったらどう感じるか」という点に徹底的にフォーカスし、ご自身の目線そのものを動かす工夫が「他者理解」には欠かせません。

また、すでにお気づきの先生もいらっしゃるかとは思いますが、今回【実践例】として挙げたものは我々コンサルタントが日々実践・ご提案している業務の一部でもあります。

他者理解の実感を得ていただくため、我々も全力でお手伝いさせていただいておりますので、ご興味がある先生はぜひご相談ください。

本コラムが先生方のお役に立てば幸いです。