トヨタ自動車株式会社やパナソニックグループなどの永続する名だたる企業には、必ずといっていいほど「企業理念」が存在しています。
これらは何万人と在籍する社員が一丸となり同じ「地図」を見ながら歩んでいくための重要な指標となるからです。
この考え方は、皮膚科医院の経営にも当てはまります。

皮膚科医院にとって経営理念は、実現すべき医療の方向性を示す不可欠な要素となります。

1.理念の重要性とその目的

■なぜ皮膚科医院において「理念」が重要視されるのでしょうか?

まず、「理念」はクリニックの方向性を示し、スタッフ全員が共通の目標を持つための基盤を提供します。皮膚科の保険診療では、光線療法の照射や軟膏処置、創傷処置など、多くの処置が看護師によって行われます。また、美容皮膚科を併設している場合、医師に代わって患者に美容施術を行う場面も多々見受けられます。このように、クリニック内では患者とスタッフの距離が近いだけでなく、1名の患者に対して複数のスタッフが接する機会が多く存在します。そのため、皮膚科医院経営においては一貫したサービス提供が非常に重要です。

近年話題の「パーパス経営」は、経営の目的を明確化し、クリニックのブランディングを強化し、患者に感動体験を提供することが可能です。例えば、ナチュラルで信頼性の高い美容医療を提供し、最適な治療法を提案する美容皮膚科医院もあります。このようなアプローチは競合との差別化にも寄与します。

※「パーパス経営」とは、バリュー、ミッション、ビジョンの根底に「我々が何のために存在しているか」という経営の目的を明確化します。
この目的意識を軸にした経営指標を導入した経営方針です。

■「理念」を正しく活用する

理念を掲げているクリニックにおいても、実際には「理念が機能していない」状況が見受けられます。
多くの皮膚科医院では、スタッフルームや待合室、診察室などの目立つ場所にクリニック理念が掲示されています。
これは「私たちはこれを大切にして診療を行っています」というメッセージであり、スタッフや患者にとって重要な意味を持ちます。

しかし、理念を掲げた後に最も重要なのは「実践」と「浸透」です。

すべてのスタッフがその「理念」を理解しているでしょうか?

スタッフ全員が理念に基づいた思考を持つことができているでしょうか?

また、スタッフが実際に理念に沿った行動を実行できているでしょうか?

理念はクリニックの根本的な指針を示すため、しばしば抽象的になりがちです。
たとえば、「患者中心の医療」「患者の幸せ」「地域貢献」といった表現がよく見られます。

 

このような理念を掲げることは素晴らしいのですが、スタッフがその意図を具体的に理解しているかどうかは別問題です。
漠然としたイメージだけでは、具体的にどのような状態を目指すべきか、どのような行動によって意図が実現できるかをつかむのは難しいものです。

その結果として、以下のような状況が生じることがあります。

・理念は掲示されているだけで、日常業務に活かされていない…

・スタッフの中で理念を言える人が誰ひとりいない…

このような状態では、いくら素晴らしい理念であっても形骸化してしまう恐れがあります。
重要なのは、理念をただ掲示するのではなく、全てのスタッフがその理念を十分に理解し、具体的な業務に反映できるようにすることです。

また、理念が日常の行動の指針となるように、「行動指針」も明確に設定することが求められます。

 

2.「理念」と「行動指針」の違いとは?

「理念」はクリニックが目指す大局的な目標や価値観を示しますが、「行動指針」はそれを実現するための具体的な行動や姿勢を示します。

理念が「私たちはこう在りたい」という姿勢を表すのに対し、行動指針は「実際にどのように行動するか」を明示するものです。
このふたつは互いに補完し合い、クリニック全体のサービスの質を向上させるのに必要な要素となります。

3.「理念」をクリニックに浸透させるための具体的な取り組みとは?

クリニックにおける「理念」の浸透は、スタッフ一人一人がその重要性を理解し、日々の業務で実践できる状態を作ることがゴールとなります。

そのためには

(1)朝礼やミーティングの場で「理念」を共有

定期的な朝礼やミーティングの場では、まず医院の理念である「患者にとって最適な治療を提供する」ということを全員で確認する時間を設けています。
これは、スタッフ全員が共通した理解を持ち、一貫した対応ができるようにするためです。

具体的な対応として、「患者にとって最適な治療を提供する」という理念に基づいた患者対応では、例えばニキビの自費美容診療を希望して来院した患者さんに対して、実際には保険診療で十分に対応できるケースを具体的な事例として紹介し、カウンセリングの際に患者に保険診療で可能な治療範囲と自費診療で可能な範囲を明確に説明し、患者が納得感を得られるよう丁寧に説明し、双方のメリットとデメリットを理解していただいた上で最適な治療を選択できるよう心がけた対応を実施します。

(2)「理念」と「評価」を連携させる人事制度を構築

理念が実際の業務にどのように反映されているかを評価するための人事制度を構築します。
例えば、1年に2回の賞与評価時の業務評価において、理念に沿った行動がどの程度実践されているかを評価項目に加えます。
これにより、スタッフは理念の重要性を実感し、日常業務で意識して行動するようになります。

※「皮膚科医院に必要な評価制度の設計」に関する詳細はこちらのコラムページをご参照ください。

4.まとめ

皮膚科医院経営において、「理念」と「行動指針」を実践することは、クリニックの成長と成功の鍵となります。
理念がスタッフ一人一人の行動に反映されることで、スタッフ自身が成長し、その成長がクリニック全体の成長につながります。
結果として、一貫した高品質のサービス提供が実現し、患者満足度も向上します。
このように、スタッフの成長がクリニックの成長を促し、それが患者の信頼を高めるという循環が出来上がります。

クリニック理念を中心に据えた経営が、皮膚科医院にとって持続可能な成功をもたらすのです。